10年と人生の複利
人は1年でできることを過大評価する。そして10年でできることを過小評価する。
有名な言葉だが、クリントン大統領などにも就いたことがある、米国の著名なコーチ(アンソニー・ロビンス)の言葉らしい。
もうすぐ、2026年の4月になる。
2016年から10年経つわけだが、10年前の3月はデータサイエンス専業の会社BrainPadでsoramiなどと一緒に働いており、そして2016年の4月にメルカリに転職した。
この10年間で何が変わっただろうか?
少なくとも、当時の僕には今の自分の姿は、逆立ちしても想像もつかないだろう。外形的には多くのことが変化した。
急成長するスタートアップで、人生でまたとない経験をし、変動するデータ分析の業界で多少なりのプレゼンスを残せた。
TwitterはXになり、150人だったフォロワーは、3万人になった(200x!)。
当時わずかばかりだった貯金は、200xとは云わないが、それなりに増えた。
メルカリで得た友人との独立を経て、なぜか日本政府で働いている。
人生でやることはないと思っていた、CxO職に就いている。
一度離婚して、再度結婚した。こどもが出来た。
一度マンションを買い、売り、また別に買った。大きなローン。
5度の引っ越し。人生で住むことなどないと思っていた、ド都心の居住。
どこにもフルタイムで属さない、不思議な自由度の働き方。
どれも大した話ではないかも知れない。しかし、10年前の自分には、その選択肢すらアタマの中になかったものばかりである。ただ、確かに10年間という月日は自分を全く知らない場所に連れてきた。
これは投資の複利と同じかも知れない。
100万円を年利10%で10年複利で回すと259万円になるというが、人生の複利はもっと極端な気もしている。ただ、複利の源泉は、なぜそうなったのかはわからない、偶然が作用したとしか思えないような出来事ばかり。
10年間という月日は自分を全く知らない場所に連れてきた。
しかし、変わらないこともある。
妻にこの話をすると、「あなたは何も変わってないよ」と云われた。妻に出会ったのは9年前のことだ。人間、30歳を越えると芯の部分はそうは変わらないのかも知れない。10年前、ある街に引っ越してきて今の妻と出会い、5度の引っ越しを経て、いままた同じ街に妻とムスメと住んでいる。
10年前、BrainPadで仕事で常に隣にいたsoramiは、仕事では全く関わりがないが、なぜか同じ街の徒歩数分のところに住んでいる。
2016年から2026年、何が変わり、何が変わらなかったのだろうか。

