先週はムスメと実家に帰り、家の近所を散歩した。
子供の頃に過ごした場所を、子供と一緒に歩く。懐かしかった。
この写真の道の先には、子供に頃によく行っていた公園がある。昔のことは余り思い出さないタチだが、思い出ある場所に実際に足を運べば、少し記憶が蘇ってくる。
場所には記憶が宿る。
大人になってからの僕にとって、人生の思い出深い場所のひとつは、六本木ヒルズの「18階」である。メルカリのオフィスがあった場所だ。
僕が入った頃は、18Fのフロアの1/3ほどに入居していたが、そこからフロア丸ごとに広がり、その後、別の数フロアに増床するほどに会社が成長した。メルペイに出向して43階で働いていたこともある。高層階で、東京が一望できるビューの美しい執務室だったが、やはり印象に強く残っているのは「18階」である。
その後、オフィスの再編成で18階からは退去してしまったらしいが、その際には公式ブログで特集が組まれ、多くのOG/OBからエモいコメントが多く寄せられた。多くのメルカリ社員にとって、多数あるほかのフロアではなく、「18階」が特に特別な場所なのだ。
僕も長文を寄せ、一部のコメントが採用されている(実際は、感情に任せてもっと長い文章を寄稿した)。
ありがとう18階。メルカリの成長を刻んだオフィスの記憶

これは、上記記事に掲載されている、2016年の写真。奥に10年前の僕(若い!)がいる。手前には山田CEO、よく見ると僕の奥には、まちるだやyui-tangがいる。後ろでケーキを運んでいるのは、共同創業者のTommyさんだ。
当時の写真(特に2015-2018くらい)を見るだけで、胸がドキドキするような感覚に襲われる。間違いなく、あの頃のあの場所は、満ちている空気が普通とは違っていた。あれは何だったのだろう?
本当によくわからない。
メルカリは、圧倒的に成長していた。新入社員が多かった。毎月毎月、IT業界の優秀な人材が入ってきては、新人歓迎のバルーンが浮かぶ座席に座り、仕事をしていた(フロアはバルーンだらけだった)。
ポジティブなニュースが多かった。毎週、サービスが色々なメディアに取り上げられ、メンバーは取材をされて記事になり、Twitterを占拠した。業界の有名人がどんどん移籍してきた。大きな資金調達や提携が機能のリリースが常に話題になった。毎週金曜に行われるAll Hands Meetingを、みんな楽しみにして参加していた。
自由度が高かった。優秀なメンバーたちは、みな自身と尊厳に満ちていた。
福利厚生は手厚かった。内装はモダンで洒落ていた。
…
色々、挙げればキリがないほど、あの頃のメルカリには、正の要素が多かった。
しかし、どうにも…
こう書いていても、あの空気感は、なんとも説明できない。具体的な要素の合算ではない。空気。空気としか言いようがない。書き始めれば、言語化が進んで、招待に迫れるのではないかと期待したが、どうにも難しい。
しかし、幻想や記憶の美化ではない。かつての写真を見れば、あの空気はハッキリと思い出せる。当時のメルカリ社員の知人たちと話せば、同じものを感じていたと、多くの人が証言し合う。
確かに存在した。
空気とは透明で、掴みどころがないが、確かにそこにあるものだ。
実家で、ムスメを寝かした後で、母と話した。
珍しく母は昔の話、日本が上向いて国が浮かれていた頃の話をしてくれた。高度経済成長期の頃だろうか?今ほど多様な娯楽はなかったが、それでもずっと楽しかったと言っていた。少し遠い目をしていた。国全体が、今の日本とは違う、独特な空気に満ちていたのだろうか。
どんな感じだったのだろう。知りたい。
当時の写真を見ると、確かに何か、いまとは違う「空気」があったのであろうことは、なんとなく感じ取れる。しかし、その本質は、きっとそれは実際に居合わせたものにしかわからないだろう。
2016年から2019年の3年間、メルカリの18階という、特別な場所に居合わせ、そこの空気をこの心身で感じられたことは、僕の人生にとって重要な資産だ。
しかし、やはり、それが何であったのかを、文章にするには難しい。叶うなら、もう一度だけ、あの日のあの場所に帰って確かめてみたいものだ。
この写真は、メルカリを退職した日、2020.3.31。18階、メルカリの名物であったオフィスエントランスにて。





