春、出会いと別れの季節である。
デジタル庁にいた仲の良い官僚が、霞が関を去ることにしたという。とても優秀で志のある官僚だったので、国のためには残念な思いだが、彼の新しい道を応援したい。
3/31、彼の最終出社日に少し話をした。彼は、僕とのある仕事の思い出を語ってくれたが、申し訳ないほどに、すっかりその仕事のことを忘れていた。そして、思い出して、懐かしくなった。
4年前、デジタル庁に入って3か月ほど経った頃、まだ右も左もわからなかったが、行政の会議に出て、発言をすることになった。霞が関で仕事をしたことがない人にとっては「会議に出て発言」だと正確に伝わらないかも知れないので、「政府の委員会でプレゼンテーション」と書いたほうがわかりやすいかもしれない。そう書いても、多くの方には伝わりきらないかも知れないが、それなりに大役である。
経緯は、謎であった。僕が適当に作ったコンセプト資料を庁内のSlackに貼ったところ、偶然、会議に権限を持つ、とある人の目に止まったのがきっかけであった。通常の省庁では考えられないような話だ。2022年のデジタル庁は、カオスそのものであり、不思議な偶然と楽観に満ちた場所だったということだろう。
結局、6枚ほどのプレゼンテーションをすることになる。
今見ると、恐ろしい、無責任な酷い資料である(故に記憶から消していたのかも知れない)。しかし、件の官僚はこの時の提言は良かった、その後の彼のプロジェクトの密かな指針になってくれたと、そう語ってくれた。
何が役に立つかわからないものである。
彼の言によれば、この資料の白眉は、「ゲームのルールと勝利条件を定義するというレイヤーで議論をしていた」ことだという。そういった発想ではっきりと物事を話す人は霞が関には、殆どいない、と。
確かに、この資料は、デジタル化というゲームについての「ルール」を再確認するものだった。デジタル化のゴールが、4つのフェーズに跨ることを示している。そして、特に、第3フェーズを達成するための具体の条件を示している。
僕は、ルールの確認が好きである。何事においても、複雑な物事を、単純なコンポーネントに分解し、ひとつひとつの制約と勝利条件を正しく把握することを欠かさない。それが、成功への唯一の近道だと知っているから。
霞が関での生活も長くなり、多少、ここの流儀も学んだつもりだ。今見ると、上記の資料は酷い、恐れ知らずの代物である。大人は、全員が取り組んでいるゲームのそもそものルールを、公然と大声で再確認したりはしない。全員が当然に知っている….というフリをしているが、実際は誰もわかっていないもの、であるから。
しかし、それがある官僚の仕事の役に立つ、ということもあるらしい。彼は、その在籍の最後の週に、取り組んでいた仕事の成果を公表し、去っていった。その偉大なプロジェクトのページの片隅に、「検討会における情報」という形で、僕の資料が載っている(デジタル臨時行政調査会作業部会 第13回)。
ちなみに、この時の会議の出席を「それなりに大役である」などと書いた。しかし、実はそれがただの“作業部会”という低級の会議であること、行政の会議の重さには明確な序列があること、を後に知ることになった。
その数年後、僕が、謀らずも偶然に、真の最上位クラスの政府会議でプレゼンテーションをすることになるのは、また別の話である。




