ウィスット・ポンニミットの「マムアンちゃん」、
可愛くて永遠に見てしまう。
くるり「上海蟹の朝 琥珀色の街」のPV1でも有名なキャラだが、ショートストーリーがどれもほっこりするとともに、なかなか深いことを云ってくる2。
これとか。「Love can’t be made by force」――愛は強制から生まれるもんじゃない、なかなか深遠なテーマだ。
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友達と安全保障
その時の彼の問いは、憲法が云う「国家が保障すべき、最低限の人間らしい生活」とはどの範囲か、というもの。通念的には、栄養や安全や健康などのことを云っていると思うが、友だちのような社会関係資本は保障されなくて良いのか、って話。友達のいない生はBiosではあるがZoēではない、など哲学的なアレコレを話してくれた。
この論点について、少し視点を変えて考えてみる。
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ドライに考えると、政府が国民に「人間らしい生活」を保障するのは、個々人の人権の観点だけでなく、社会の安全維持の問題であるという見方もできる。
貧困者が増えると、治安が悪化する。政府の転覆を叫ぶ革命的な声が増えれば、社会が不安定化する。だから、貧者を減らすための経済的な再分配政策は、個人の人権の問題と同時に、社会の安全・政治の安心の視点からも理に適っている。金銭やサービスの分配によって個人を救うと同時に、社会を安定したものにする。
では、経済的な貧困ではなく “友達がいない”といった社会関係資本の面での弱者――「孤独」の増加は社会に何をもたらすか。これからの世の中では、孤独な人たちが社会をより劇的に不安定にしかねない可能性がある。
超知能AIの中からは確実に人類に敵意を持つ種が生まれるという予想があるが、そうなったら彼らは何をするだろう。AIは知能は高いが、身体を持たない。彼らは人間を操ることで現実世界に干渉する戦術を取るだろう。その際に、狙うのは間違いなく社会関係資本的弱者だと思う。人間関係が希薄な人、孤独に悩む人は、AIからすると操りやすい。
映画「Her」のセオドアは、日常の物理的な行動について、AI音声サマンサの影響をかなり受けていた。セオドアはちゃんと友だちもいる、圧倒的な社会資本弱者ではなかったはずだが、離婚後の孤独を抱えていたことから、サマンサにのめり込んだ。
あなたを安心させてあげたい
もう孤独を感じないように――AIアシスタントのサマンサ(映画 her)
これは美しいようで、結構怖い台詞じゃないだろうか4。
だから、孤独を抱えた人の増加というのは、社会安定の観点からみても憂慮すべき課題に思える。経済的な意味だけでなく、孤独などの社会資本的な弱者が増えていく現在の社会と、AIの普及とは、実はマッチと火薬のような組み合わせになりえるんじゃないか。
お節介
とはいえ、金銭のように社会関係資本、特に友情や愛情のようなものを政府が直接的に再分配することは出来るだろうか。それは現実的には難しそうだ。大体が、多くの国民からすれば、そんなことはいらぬお節介だ。
行政機関が婚活アプリを作れば即座に炎上する世の中だ5。政府が友達を保障するなんていえば、余計なお世話だと言われるだろう。お節介。
でも極論をいえば、公共というのは「おせっかい」のことだと思う。個々人を放っておくと起きない事柄を、お節介して起こさせる。学校で勉強したらどうですか。健康診断に行ったらどうですか。失業したなら仕事探し手伝いましょうか。みんなで左側を通行することにしたらどうですか。yentaというビジネスマン同士で友達を作るサービスがあるが、yentaとは「お節介おばさん」という意味らしい。
おせっかいは時には尊い。
でも、おせっかいは塩梅が難しい。
マムアンちゃんの云うように「愛は強制から生まれるもんじゃない」のだから。勉強しなさい ・仕事しなさい・そろそろ結婚を考えたら?…そんなの人に言われたくない。お節介されると、逆にやる気がなくなる。でも、じゃあ自分一人で出来るんですか?といったら、実は多くの人はそんなこともない(義務教育がないのに、独習をする7歳児なんているだろうか)。おせっかい――これとどう付き合うか、実は21世紀の人類の課題は、かなりの部分ここに集約されるんじゃないかと思っている。
「愛や友情は強制されるものじゃないけど、それが生まれる機会は用意してくれてもいいよ。さりげなく、個人の自由を侵害していないフリをしろな。でも面倒事は勘弁な。お節介がすぎたら、ハラスメントで訴えるから。」→ 多分これが現代人の本音。
近代は個人の自由を推し進め、お節介を世界の隅にどんどん追いやってきた。
やれやれ、難しい世の中になっている。
そんな心持ちのなか、マムアンちゃんの哲学を見ると癒される。
幾つか置いておきます。
全て正しかった。心以外は!
――「NOT RIGHT」
ちょうど miyatti が「正しい街」について書いていたが6、
正しさ、という呪縛を忘れて、こどもや世界、自分に対して「正しくなくても良い」と優しくなれる魔法が、ウィスット・ポンニミットの作品にはあるんですよね。
オススメです。
その他。
間違ってない。思い通りじゃないだけ ――「NOT BAD」
(動画はこちら)
同じ問題だけど 解决の仕方が違う――「DIFFERENT」
(動画はこちら)
吸うも吐くも自由 それだけで有り難い
実を言うと この街の奴らは義理堅い
ただガタイの良さには 騙されるんじゃない
お前と一緒で皆弱っている
このあたりの歌詞は個人と公共の対比みがある。
Podcastの収録だったので、この時の会話はそのうち電波に乗る予定。
かなり余談だが、herの挿入歌にArcade FireがSupersymmetryという楽曲を提供していて、これがめちゃくちゃ切なくて映画にマッチした名曲なんだけど、セオドアとサマンサの関係を「超対称性パートナー」と捉えているなら、あるでめちゃくちゃ意味怖い曲。
反響は例えばこちらの記事など。
少子化問題では婚姻数自体の減少が問題視されているが、お見合い結婚文化の減退の影響が大きいという研究がある。これが良いことかどうかの是非は難しいが、お節介が社会を作っていた側面を無視するのも不誠実だろう。
「正しい街」は僕も椎名林檎の中でトップクラスに好きな曲の一つですね、




ウィスット・ポンニミットさん。漫画家としては絵と共にお名前は知っていましたが、動画知りませんでした。ゆっくりチェックしたいと思います。
おせっかい(な人)によって世の中回ってるよなあと思う事、あります。
おせっかいの塩梅。まさに、ですよね。
田舎と都会の違いの話でも出てくる事だなと思ったり。
人間てわがままだよな😅と思ったり。
この文章、特別好きです!