
先日電車に乗っていて、サイネージの広告を見ていた。
広告を見ながら、その制作過程でどんな議論があったのか、を想像するのが好きだ。妻も制作系なので、広告やパッケージを見る度に、「あーこれは担当者苦労しただろうなあ」とか「完全に上席の趣味入ってるやつだこれ」とか、ふたりで好き勝手な論評をする。悪趣味かも知れない。
その日ふいに流れたのは、西武池袋のリニューアルの広告。池袋の必要な百貨店とは、という問いのあと「池袋の逆襲」というコピーが大きく打ち出される。
それを見た僕の感想は、次の一言に尽きる。
いや、知らねえよ。
逆襲ってなんだ。
そもそも池袋は、何かを逆襲しなければいけないような場所なのか?
――まあ、想像はつく。池袋というより、いまの西武百貨店はとんでもない苦境だ。セブン&アイの傘下からファンドに売却。閉店が相次いでいて、今年はついにランドマークであった渋谷西武の閉鎖を発表した。売上は下がり続け、これまで公表していた月次の売上の公開をしなくなった。調べてみると、池袋店のリニューアルは、売場面積を大きく減らしての改装らしい。間違いなく、崖っぷちである。
社内はこんな雰囲気だろう…このリニューアルで何とか逆転しないと、ここから起死回生だ、かつての西武は小売の王者だった、あの頃を取り戻そう、まだこれからだ…
そんな、池袋店のリニューアルに掛ける意気込みを語るワークショップ(という名の雑談)を繰り返したの結果、広告代理店のクリエイティブ・ディレクターか、社内の偉い誰かあたりが出した「逆襲」という一言がコピーに落とし込まれたのだろう。
それはよく分かる。
だが、その上でいや、知らねえよ、でしかないのである。
逆襲は、顧客には関係の無いことだ。僕は新卒時代、池袋に長く住んでいたから、池袋西武は毎日とおっていたし、初任給で奮発してタケオ・キクチのスーツを買ったりもした。でも、西武がビジネスとして逆襲するべき立場にいるなんてどうでもいい。
ワクワクする服を、素敵なVMDの店内で、良い接客で売って欲しい、ただそれだけ。逆襲なんてどうでもいい。それはお前らの社内の話だろ、知らねえよ、そんなことは社内のポスターにでもして貼っておいてくれ。
語気が荒くなったのには、理由がある。ああ、相変わらずだな、という勝手な失望。実は、6年前にも同じことを思った。当時、西武百貨店は「さ、ひっくり返そう」という広告キャンペーンをやっていた。

上から読むのと下から読むので意味が真逆になる、というギミックが仕掛けられて、秀逸な広告として話題になった。
しかし、当時の僕の感想は「は?」でしかなかった。
これは、一見顧客に向けたメッセージにも見える。しかし、別に西武百貨店が「何かをひっくり返したい人」の強い味方であるというイメージは、無い。そうなりたいという意思があるかもしれないが、既存のブランド・ストックからあまりに遠すぎる。

そして、同じように勝手に西武社内の企画会議に想像を馳せる。
西武百貨店は当時から既に苦境だった。社内的に、この状況をひっくり返したい、バブル期のように王者に返り咲きたいという願望を持つ人がいて、このコピーになったんだろうな。それは社内の都合だが、きっと良心的なディレクターか、広告担当者が、顧客向けに対するメッセージに見えるよう頑張ってお化粧したんだろう。
だが、斜に構えた僕には、溢れ出る社内のエゴ、かつての隆盛への望郷の念を隠せていないのが見え見えだった。あなた方が市場シェアをひっくり返したいって話?….いや、知らねえよ、そんなこと。
そして、「さ、ひっくり返そう」の「さ、」には、虚勢が出ている。余裕があるフリ、満を持して、さあやりますよ、という雰囲気を作為的に出している。本当に追い詰められた人間は「さ、」なんて言わない。驕り。だから、見る側には響かない1。
下から読んでみてください、と自ら書くのもダサすぎる。クリエイティブ系の担当者や代理店は書きたくなかっただろう。しかし、社内のウィットがない偉いおっさんが余計なことを言い出す。「えぇ〜、意図を書いたほうが親切じゃない?」その意見が通る。現場は萎えただろう。どう見ても、もう「本当に何かをひっくり返そう」なんて、誰ひとり本気で思えてない。
西武の社内の本当のところは知らない。でも、2020年に「ひっくり返そう」、2026年に「逆襲」―― 僕が見るに、西武百貨店はもう生き残れないんじゃないかと思う。渋谷西武をたまに覗くが、店内の閑散具合には悲惨さを感じる。百貨店という業態自体が強い逆風で、西武が気の毒なのは間違いない。でも、顧客への約束の場である広告で、自分都合の事しか語れなくなり、それが6年経って変わらないのであれば…
…そんなことを考えながらサイネージを眺めているうちに、目的の駅についた。
今日は霞が関の他の省庁と共同の取り組みの相談にいく。いい議論ができるといいな、自分たちの都合だけでなく、相手と、僕たちの顧客――この国のために。
社内の人を励ます意図・効果は多少あったのかもしれない。

