長年の友人であり、最近また同僚になったysdytさんから、ビカクシダをもらった。
育てているものを、株分けして増やしたものだそうだ。都会の自宅に緑が増えてとても嬉しい。
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昨年の夏に東京へ来てから、1年近くが経つ。ここへ移る前は家族の都合でタイに、その前は仕事で北海道に住んでいた。札幌での2年間を経て、大雪山国立公園の東川町に暮らした。
そうした土地から東京へ来ると、やはり窮屈さを覚える。大自然が恋しくなる。
また別の時期には、ご縁があって四国の徳島に数年いたこともある。そこでも東京と変わらないITの仕事をしていた。それなのに、東京では意識に上らなかった四季の移ろいを、自然と実感した。
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東京で「ここは自然が豊か」と言われるところへ足を運んでみても、北海道や四国で覚えたあの感覚とは、やはり大きな隔たりがある。
福島県出身のSF作家・柞刈湯葉さんが『地方出身者から見た東京』という記事で以下のように述べていて、うまく言葉にしているなと思った。
■公園を見て「自然がある」と言う
田舎において自然とは「人が管理してない領域」である。そのへんの山や森のことで、たまにクマも出るので全く気が休まらない。これに対し東京で自然というと「植物のある憩の場」を意味する。井の頭公園や石神井公園のように管理された場所や、都市計画にもとづいて植えた街路樹が「自然」である。
このため田舎育ちは都民に向かって「お前ら、本当の自然は優しくないぞ!」と言いがちだが、これは前提が間違っている。都民にとって「人に優しいもの」が本当の自然なのだ。たとえば東京にも野生のカラスは山ほどいるが、誰もあれを「自然」と呼ばない。ゴミ袋を荒らすばかりで全く優しくないからだ。
都会にいると、自然を飼い慣らし、すべてを制御下に置いているような気持ちになる。
歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏は著書『ホモ・デウス』の冒頭で、現代人が飢饉や疫病、戦争といったかつての不可抗力をいかに抑え込んできたかについて語る。
もちろんこの3つの問題は、すっかり解決されたわけではないものの、理解も制御も不可能な自然の脅威ではなくなり、対処可能な課題に変わった。私たちはもう、これら3つから救ってくれるように、神や聖人に祈る必要はなくなった。飢饉や疫病や戦争を防ぐためにはどうするべきかを、私たちは十分承知しており、たいていうまく防ぐことができる。
そう遠くない過去の人々から見て、現代社会は劇的に進歩している。
たしかに派手なしくじりも相変わらず見られるが、そうした失敗に直面したとき、私たちはもう、肩をすくめて、「まあ、そういうものだ、しょせん、この世は不完全だから」、あるいは「何事も、神の思し召しどおりになる」などと言ったりはしない。飢饉や疫病や戦争が手に負えなくなった場合は、誰かがヘマをやらかしたに違いないと感じ、調査委員会を設置して、次回はもっとしっかり対処することを誓う。そして、現にそれが功を奏する。
それでも、北海道に暮らしていたとき、圧倒的な自然の力を前にして、私はただただ諦念を覚えた。
たとえば、吹雪で鉄道やバスが止まったとき。それは珍しいことではない。だが、目の前で吹き荒れるその様を見せつけられると、文句を言う気など起きなかった。「これは、そういうものだ。仕方がない、どうしようもない」と、素直に諦め、屈服し降伏する思いを抱いた。
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「美(beautiful)」と対比される「崇高(sublime)」という概念がある。18世紀にはエドマンド・バークやイマヌエル・カントらが論じた。
同時代、イギリス貴族によるグランド・ツアー(大規模な修学旅行)で、平坦な土地から来た人々は、アルプスで巨大な山塊に初めて直面した。それは当時の自然美からかけ離れた、むしろ恐怖の存在であったという。
人間が本当に命の危険に晒されているときは単なる恐怖しか感じないが、自分が安全な場所にいるという前提(距離感)をもってそれを見つめるとき、恐怖は「畏敬の念(崇高)」というある種の快感へと昇華される。そうバークは指摘したそうだ。嵐の夜、頑丈な窓の内側から外を眺める感覚に近い。
しかし対象が管理され尽くすと、この感情は呼び起こされない。
かつて暮らしたシンガポールという都市国家は(色んなところに住んでたんです)、極めてクリーンで、スマートで、そして緑豊かなところだった。しかし、その快適な空間で、自然への崇高を覚えることはなかった。
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ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』は、第二次世界大戦下の強制収容所における極限状態を描いた記録だ。執拗な暴力と飢餓のなかで、被収容者たちはやがて、他人の死を見ても何も感じなくなる「感情鈍麻」の心理状態に陥っていく。想像を絶するこの世の地獄だ。
しかし同書では、被収容者の内面が深まると、たまに芸術や自然に接することが強烈な体験となり、心底恐怖すべき状況を忘れさせて余りあるほど圧倒的だったと述べられる。
あるいはまた、ある夕べ、わたしたちが労働で死ぬほど疲れて、スープの椀を手に、居住棟のむき出しの土の床にへたりこんでいたときに、突然、仲間がとびこんで、疲れていようが寒かろうが、とにかく点呼場に出てこい、と急きたてた。太陽が沈んでいくさまを見逃させまいという、ただそれだけのために。(中略)
わたしたちは数分間、言葉もなく心を奪われていたが、だれかが言った。
「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧(新版)』p.65-66
初めて読んだとき、大きな驚きを覚えた。現代の快適な環境に生きる私には想像も及ばない、あらゆる感情が擦り切れて消失していくような極限の状況で、なおこのような体験があるのかと。なんということだろうか。
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大自然から切り離された大都会・東京で暮らす日々。快適だろうが、足りなさも覚える。それでも部屋の片隅にある少しの緑が、いくばくかの慰みになる。
ラッパーから小説家まで多方面で活躍する、いとうせいこうさん。ベランダで多数の植物を育てる、ガーデナーならぬ自称「ベランダー」としての顔も持つ彼は、ヒヤシンスの球根を例にこう語る。
結局俺は、「生命の開花」に弱いのだと思う。もっとくわしくいえば、「生命の開花が唐突に行われる神秘」だ。時期さえ来れば、やつらは生命を開く。逆に言えば、その時期までやつらは死んだように眠っているということになる。
俺はつまり、植物すべてに弱いのだ。死んだものが生き返り、信じられない速度で育っていくこと。それは俺の中の根源的な何かをくすぐってやまない。だから、ベランダで毎日俺は、ガキみたいに目をまんまるにして、その不思議を見つめているのである。
いとうせいこう『ボタニカル・ライフ ― 植物生活』p.67
生命という神秘。それは、人間という生物の根源を揺さぶるセンス・オブ・ワンダーだ。
いまこの瞬間も、この記事を書く私と、それを読むあなたの内側では、コントロールの及ばない心臓が動き、血流が巡っている。首から上だけで生きているわけではない。その限り、人間が自然に惹かれるのは必然だ。
それでも様々な都合のなかで、それぞれの都市での生活は続いていく。東京の夜、貰ったビカクシダに水をやる。





胸って本当に震えるんですね。
いわゆる名作をほとんど読んでこなかった私は「夜と霧」を読む事を決めました。
いとうせいこうさんの植物への愛ある視線に胸が震えました。
恐怖の対象が畏敬の対象に。
同化しようする事で恐怖を回避?克服?しているのだとか聞いたことあった気がするなぁなどと思いました。
大自然の前では諦念、しかないでしょうね。
だってどうしようもないじゃない、ですよね。
諦念といえば、子育て😂子供は悪くない。私も悪くない。そこから始まって、さあどうする?と考える。
犬と猫のと付き合いもそう。諦念から始まる。
今日もひかるさんというフィルターを通した素敵な世界を見せていただきました。
震えました。ありがとうございました🙏
良すぎる