会議で「いや、どっちも一理あるんですよね」と言いかけて、途中で止めた。あ、これバランスおじさんだ、と気づいたから。そういうことが、最近けっこうある。
SNSでもバランスおじさんへの批判はよく見かける。
「中立のふりをして何も言わない人」「責任逃れのための両論併記」
尖れ、とみんな言う。
中途半端が一番よくない、どちらかに振り切れ、と。まぁわかる。実際、両論併記っぽい発言って、何も言ってないのと同じに聞こえることが多い。
責任を取りたくないだけの人が、バランスの顔をして意思決定から逃げるのも、たくさん見てきた。「総合的に判断して」という言葉が、何も判断していないことと同じ意味になっている場面も。
だからまあ、嫌われるのには、正当な理由があると思う。
ただ最近、逆のことも思うんですよね。
尖るのって、実はけっこう楽じゃないかと。
つか、まあ基本自分が割とそういう意見言うからわかるのですが。
立場が明快だから、味方がつく。判断もシンプルになる。
迷ったら自分の側の原則に照らせばいいだけなので、認知負荷が低い。極端な意見は敵も作るけど、敵がいるというのは、それはそれで居場所があるということでもあるし。(と自分に言い聞かせる)
SNSを見ていても、つかSNSこそが、こっちの派閥の独壇場で、極にふりきった意見ほどよく伸びる。伸びるからさらにふりきっていく。
まあでも、どうなんでしょうね。と思う。
ホント自分がそうだからわかるんだけど、あれは信念というより、慣れると楽なんですよ。極端さには需要があって、供給も簡単、ということなんですよ、慣れは必要だけど。
一方で、うまい中立には味方がつかない。
バランスおじさん、なんていわれる悲しさ。
両側からぬるいと言われる。
そういえば、アリストテレスが「中庸」という概念を定義している。よく「ほどほど」とか「中間をとること」みたいな意味に使われるけど、本来はそういう話じゃない。中庸とは「真ん中」のことではなくて、その状況におけるちょうどいい一点のことだった。
勇気は無謀と臆病のあいだにあるけど、ど真ん中にあるわけじゃなくて、たぶんやや無謀寄りのどこかにある。
その位置は、誰が、いつ、何に向き合うかで動く。つまり中庸って、足して2で割る単純な算数の話じゃなくて、毎回、ちゃんと状況を見て正確に撃ち直す達人の射撃に近い。
だから難しい。
中庸、バランスって難しいんだよ。
だから徳と呼ばれたんだと思う。楽だったら徳になってない。
いや、多くのひとはこの難しさを知ってるはずなんだとは思うけどね。でも改めて、ここでバランスについてもう少し考えてみる。
仕事でも、これは日々感じる。
プロダクト開発の意思決定で、機能を削るか足すか、スピードか品質か、みたいな二項対立がよく立ち上がる。QCDみたいなやつ。
で、議論としては「ここは機能絞ってスピードあげるでしょ!選択と集中!」とか大胆に宣言すると意思決定とかとしてはそれっぽいし、まあ、その選択が実際有効なケースもあるとは思うけど、実際にうまくいった意思決定を後から振り返ると、だいたい、まあ結局、バランスおじさん的な話にはなってる。
全部削ったわけでも全部足したわけでもない。どちらかの原則にふりきったわけでもない。その時のユーザーと、その時のチームの体力を見て、要はバランスしてる。
いや、これ、結局「選択と集中」と言い切るより、ずっと大変なわけですよ。
なのに、結果が出ないと「あのとき大胆な意思決定しなかったからだね」とバランスおじさん仕草を攻撃されがち・・・。
たぶんそんな感じで、損してるんだと思う、バランスという概念は。
失敗した尖りは「挑戦だった」と語られるのに、成功したバランスは誰にも気づかれない。うまくいけばいくほど、まるで最初からそれが自然だったかのような顔をして、日常に溶けてしまう。あまり記憶に残りづらいから、評価もされづらい。称賛の設計として、割に合わない。
政治の話でも、中道がいまいち勝ちきれないのは世界的にそうで、あれも同じ構造な気がしている。
極に行くほど所属と物語が手に入る。中道には物語がない。「状況に応じてちょうどいい点を探します」というのは、ブランディングとしては最弱だ。
でも実際に社会が回っている瞬間を支えているのは、たいていその最弱の旗のほうだったりする気がします。
つかぶっちゃけ、極端な意見なんて、今やいくらでも量産できる時代になってしまった。どんな立場の主張でも、それらしい理屈つきで無限に出てくる。そるこそAIに聞けばマジで簡単。
AIはね、バランス取る意見のほうがムズい。
「この状況では、この配分」を当てにいくほう、多分今話題のfableだって難しいと思う。人間にしても、必要なのは、状況を読む目と、比率を言い切る度胸。
だから、バランスとるほうが、これからむしろ人間の仕事として残る気がしている。
なのでもう、これからは、バランスおじさんを目指す。目指したい。
生成AIに負けないのがバランスおじさんなんだ!!
・・・ただしまあ、「どっちも大事だよね」で止まるのは、あれは楽なバランスなのでやめる。あれをやるから嫌われる。
そうじゃなくて、7:3なら7:3と、比率まで言い切る。間を取るんじゃなくて、ちょうどいい一点を狙って撃つ。外したら撃ち直す。
難しい方のバランスおじさんを、やっていきたいと思っています。
以上、ご確認のほどよろしくお願いします。




バランスおじさんなんて言葉があるんですね。
比率まで言えちゃうなら、いっそ中庸おじさんでもいいのではないか、と思いました😂
極端はわかりやすい。人はわかりやすさに飛びつくのかなって想像します🤔
「どっちの言い分もわかる。ではどの比率がちょうどいいかな?」となるのが大人の話し合いなのではないかと思ってたんですけど、そう簡単ではないんですかね(ちゃんと社会人したことがないもので…😅)。
批判されちゃうんだ、バランスおじさん…。
その場に合う答えを選び続けることのほうが、実はずっと難しかったりするんですよね!
極端な意見が目立つ時代だからこそ、この視点って大事だなと思いました。