それは偶然に過ぎないんだけど
制度論と経路依存性について
僕たちがいつも使っている「キーボードの配列」から、世界を考える話。
現代経済学 ― ゲーム理論・行動経済学・制度論(瀧澤弘和) を読んでいる。この本に、面白い話がたくさん出てくる。そのひとつは「制度の経路依存性」の話だ。
社会の各種制度とは、合理的で必然的に作られているように考えられがちだが、それがいかに、制度が形作られる時代背景や、環境といった、偶然的な要因によって偶々決まっているか(=経路依存)、という論だ。
例として、QWERTYキーボードの話が出てくる。いまの世の中、誰もが使っている、PCのキーホード配列の呼称である。
経済史家のポール・デイヴィッドはQWERTYキーボードというわかりやすい例を用いて、経路依存性の概念を説明している。筆者が今使用しているコンピュータは Mac Book Pro だが、そのキーボードはアルファベット部分の上段が左側からQWERTYの順に並んでいる。これがQWERTYキーボードである。なぜこのような配列のキーボードが一般的になっているのだろうか。実は、これよりも速い打鍵を可能にするキーボードは、今までに多数提案されてきた。
(第7章 経済史と経済理論の対話から)
QWERTYはキー配列の標準だ。世界中のどのPCでも、この並びが採用されている。しかし、タイピングの効率の観点からは、もっと効率的な配列があり得るという。ではこの配列にすることで、何か他のメリットがあるのだろうか?
答えはNoである。
QWERTYの起源は、PC以前、タイプライターが主流だった頃の時代にある。当時は、人間のタイピング効率よりも、キーを支えるタイプ・バー同士の衝突や絡まりによる誤植の発生の方が問題として深刻だったという。この絡まりを最小限に抑えるキーの並びを考慮して生まれたのが、QWERTY配列だった。つまり、HCD=人間中心設計 に考え抜かれた配列では全くなく、当時の機械側の技術的制約によって生まれた、時代の産物と言える。
しかし、タイプライターがすっかり消えて、技術的制約条件が大きく変わった現在においても、打鍵の面では非効率なQWERTYが残っているのは、何故なのだろう?(iPhoneの画面上のキーボード同士が絡まるわけがない!)
タイプライターという機械が、すでにより大きな複雑系の一部となっていたことだとデイヴィッドはいう。つまり、そこにはタイプライターの製造業者、機械の買い手ばかりでなく、タイピングのオペレーターたちやタイピング・スキルを訓練する公的・私的な組織が存在していた。すでにこの頃には、「タッチ・タイピング」と呼ばれる、ブラインド・タッチの方法が登場し、それを訓練するようになっていたのだった。
このようにして人々はQWERTYにロック・インされるようになり、それは事実上の標準となって、コンピュータを使用する今の時代に至るまで使用され続けているのである。
(第7章 経済史と経済理論の対話から)
なるほど。この偶然性が、経路依存性である。キーボードが現在のQWERTYの形に固定されているのは、合理的・必然的な帰結ではなく、複数の偶然に支えられた、ひとつの可能性としての結果に過ぎないのである。
しかし、偶然の結果として世界に顕れたあるルール(制度)は、現実世界に大きな影響を与えうるだろう。調べてみると、QWERTY効果(The QWERTY Effect)という心理学的現象があるという。人間は無意識に、右手で多くを打つ単語にポジティブな感情を抱き、その逆に左手で多く打つ単語にネガティブな影響を抱きやすいという。そのため、キーボードの物理的な配置が、新しい言葉が作られる際のニュアンスや、言葉に対する人間の感情的評価を無意識に歪める可能性があるという
QWERTYは全世界の人が使っている。すごい話だ。soramiが「それなしでは考えられない」で書いた通り、言葉は人間の思考に影響を及ぼす。偶然QWERTYが広まった世界と、それ以外のキー配列が主流になった世界で、どれほど社会が違っていた可能性があるだろうか。それは、誰にもわからない。
キーボードの配列だけでなく、社会のあらゆる制度が、経路依存によって、ある種の偶然で生成されている可能性がある。世界は、僕らが思っている以上に、偶然という不安定な土台の上に構築されているのかも知れない。こう考えると、ハイエクが自生的秩序を唱え、政府が合理的に制度を何でも「設計し直せる」と考えることに警鐘を鳴らしたのもよく理解できる。
かといって、今更、世界に定着したQWERTY配列という制度を変えることは出来ない。僕たちに出来ることは、身の回りにある全てのことが、唯一の「必然的な正解」ではなく、「偶然たどり着いた単なる一つの可能性」に過ぎないことを理解し、その上で、当然と思われている物事に、健全な疑いの目を向けることである。
そのことを、思想的な解釈ではなく、数理的な分析の結果として教えてくれる、制度経済学という学問分野は、僕に大いなるロマンを感じさせてくれる。
余談だが、『タイピスト!』という、1950年代のタイプライターの大会を主題にした映画がある。この映画でも確かに主人公のローズ・パンフィルが叩いているのがQWERTY配列のタイプライターであることを確認できる。
彼女は元々、左右一本づつの指でタイプをしており、キー同士が絡まることはなかっただろうが。(後に、大会のために十指タイピングに矯正されることになる)
レトロで可愛らしい雰囲気がたまらない映画である。この記事を見てQWERTY配列とタイプライターが気になった皆さんには、ぜひお薦めしたい。


