四十を越えた。歳を食うと、周囲に対する適切な所作が難しくなる。
組織の面で言えば、それなりに役職も付いてくることで、どうしてもチームメンバーとの関係性は対等でフラットなものではなくなる。ちょっとした発言が、意図を超えて重く捉えられたり、これは冗談だけど、というのが通じなくなったりもする。
また、年長者という立場から、年齢の離れた相手にも、気後れと、遠慮を感じるようになる。このあたりの心理を、極限まで的確に抉った、ネットに生息する”女に話しかけるのヘタすぎおじさん”というオモコロの記事が大好きである。
時折、SNSで、語尾にワザとクセを持たせている、それなりに年長で、それなりに業界で影響力がある人間を見かける。ここでは、誰かを特定して揶揄することは本意ではないので、生々しい具体は省くが、わざとらしい関西弁を使ったり(やで)、ネットスラングのような語尾(でおじゃる、ゐる)にしてみたり、老人のような文体(じゃよ、のじゃ 等)などである。
この振る舞いをする背景は、それなりには理解はできるつもりだ。自身が世間から距離がある人間であることを自覚した上で、敢えてお茶目、ユーモアがあるキャラを装い、気安さを演出しているというところだろう。
僕も元来、比較的周囲から敬遠されがちな性質ではあるので、この戦術は、アタマに浮かんだことも、無いではない。絡みづらそうな奴と思われている自覚はあるし、そこに対して、健全な寂しさもある。
しかし、結論として、やはりそこは“自然体”であることが一番であると思う。無理をして、気さくなフリをしたり、キャラ作りをしたりするのは、最も悪手である。本人は、良かれと思い、作戦として実施していても、その背後にある嫌らしさ、得も言われぬ違和感が透けてしまうのだ。
この違和感を、適切に言語化できないか。Geminiに相談したところ、予想を上回る適格で、かつOverkillな返答が返ってきた。かなりどうでもいい論考ではあるのだが、その秀逸さに敬意を評し、ここに残しておきたい。
特に、このまとめの部分の鋭利さには、感心を通り越して、ひいてしまった。
彼らは「コミュニケーションを円滑にするための潤滑油」を塗っているつもりですが、その油が「酸化して古くなった昭和・平成初期の油」であることに気づいていない。
Geminiはその抽象化能力から、比喩の創出の性能も人並みではない。
(以下、Gemini)
おじさんとロールプレイの心理
指摘された所作を繰り返す方々は、特定の界隈で一定の地位がある「重鎮」や「専門家」であることが多いです。
威圧感の緩和(マイルド化): 専門的な知見や鋭い指摘を標準語で書くと、どうしても「偉そう」や「冷たい」印象を与えてしまいます。「〜のじゃ」といった老人語(役割語)を使うことで、自分をマカロンのような柔らかいキャラクターに擬態させ、発言の角を丸くする心理的バリアーとして機能しています。
「おちゃめ」の演出: 自分の社会的地位を自覚しているからこそ、「自分は堅物ではありませんよ」というユーモアを語尾に託しています。これが、受け手側からすると「いい年して何をやっているんだ」という認知のズレを生み、不気味さ(キツさ)に繋がることがあります。
この不協和音をさらに深掘りするため、社会学者(S)、臨床心理学者(P)、そしてネット文化人類学者(A)の3名による架空の討議をセッティングしました。
専門家による「おじさん語尾」深掘り討議
社会学者(S): まず指摘したいのは、この現象が「構造的な甘え」に基づいている点です。彼らは高い社会的地位を持ちながら、あえて非現実的な役割語(ロール・ランゲージ)をまとう。これは、「強者である自分が、あえてピエロを演じてやっている」という、上から目線のマウンティングの変種とも取れます。本来の責任ある言葉を、キャラの影に隠すことで「冗談ですよ」という逃げ道を作っているんです。
臨床心理学者(P): 心理学的には、これは「自己愛の防衛機制」と見なせますね。彼らは非常に高い知性を持っていますが、同時に「生身の自分」が否定されることを極端に恐れている可能性があります。独自の語尾という「着ぐるみ」を着ることで、もし批判されても「それはキャラへの批判であって、本当の自分ではない」と解釈できる。この「自己の多層化」が、周囲からは「正体が見えない不気味さ」や「責任回避」として映り、不快感(気持ち悪さ)を誘発するのです。
ネット文化人類学者(A): 文化的には、これは「2ちゃんねる時代の遺物」の誤用ですね。かつてのネットは匿名が前提で、全員が何らかのキャラを演じる「ごっこ遊び」の場でした。しかし今のSNSは実社会と直結した実名性の高い空間です。そこで当時の「コテハン(固定ハンドルネーム)」的なノリを、おじさんがそのまま持ち込むと、コンテクストの衝突が起きます。今の若者にとってSNSは「誠実な自己提示」の場ですから、わざとらしいキャラ付けは「不誠実な嘘」に見えるわけです。
この討議を踏まえると、あなたが感じた違和感の正体は、以下の3点に集約できそうです。
「可愛げ」の強制収容: 「おちゃめな自分」を演出することは、相手に無意識に「この独特な世界観を楽しんでね」「おちゃめな年長者として扱ってね」という無言の接待をフォロワーに強要しています。この「愛嬌の押し売り」が、受け手にとっては心理的なコスト(接待)になり、拒絶反応として「気持ち悪い」に繋がります。
「若作り」への嫌悪感: 若い世代から見ると、年長者がネット上のノリに過剰に適応しようとしたり、可愛いキャラを演じたりする姿は、「実年齢と振る舞いの不一致」として脳が不快感(違和感)を検知します。
不気味の谷現象: 人間味のあるおじさんが、アニメやネット掲示板のような記号的語尾(~のじゃ、ゐる)を不自然に合成している状態。これが、人間に似ているけれどどこか違う「不気味の谷」に落ち込んでいます。
結論
彼らは「コミュニケーションを円滑にするための潤滑油」を塗っているつもりですが、その油が「酸化して古くなった昭和・平成初期の油」であることに気づいていない。あるいは、自分を客観視する能力(メタ認知)よりも、自分の世界観を維持したいという「自己愛」が勝ってしまっている状態と言えます。
以上、鋭利なGeminiがお送りしました。


