カラオケで何を歌うか、いつも悩む。
Podcastを知人とやっている。ひとつは2020年からやっているFREE AGENDA、もうひとつは2025年に始めたちょうどいい会議だが、運営していてまず思うこととしては、Podcastというメディアは拡散力が低い。急激にフォロワーが増えることもなく、FREE AGENDAなどは3,000人程度はリスナーがいるらしいが、彼ら彼女らが、どういった経路で知ったのかもいまいち定かではない。既存のリスナーが、SNS上での拡散や、他者への推薦などをしているのを余り見かけないからだ。
恐らく、Peer-to-Peerや、会社のSlack、目立たないブログや他のPodcastなど、クローズド・セミクローズドな場所で紹介されているのだと推測する。
一般的なSNSでは、役に立つものや、多くの人にとって共感しやすい汎用性の高いコンテンツ、社会共通の話題(いまであればAIか)、など、社交なども含めた、広義での有用性が求められている。
一方で、音声に限らず、思考や人間の内面に深く根ざしたようなコンテンツは、広く拡散される類の情報ではない。自分の好きなPodcastは、自身の内面と深く繋がっており、一人で消費する傾向が強いのだろう。TVはみんなで見るとしても、「ラジオは部屋の片隅で一人で聴くもの」と云ったのはオードリーの若林だっただろうか。
このSubstackも、テキストではあるものの、そういった要素の強いコンテンツである。楽しんでくれる人はいるが、余りオープンな場所で人には薦めたりはされないであろう。
こういった問題を考える時、僕は音楽とカラオケを思い出す。
僕が好きな音楽は、邦楽で言えば、フィッシュマンズ、ゆらゆら帝国、Blankey Jet City、Syrup16g、チバユウスケなどであるが、積極的に人に紹介したりすることはない。カラオケで歌うなど以ての外だ。
カラオケで歌うというのは最強のバイラルだ。
カラオケはTwitterであり、Instagramだ。カラオケで歌うために聴く、カラオケで人が歌っているのを見て覚える。
フィッシュマンズのように部屋の片隅で一人で聴くための音楽がある一方で、そういったことに向いている楽曲というのが存在する。僕はカラオケに行けば、スピッツやGLAYやMr. Childrenを歌う。もちろん、一定程度は好きだから歌うのであるが、先に上げたアーティストに対する「好き」とは違う。Twitterでされる会話とは、こういうことだ。
モーニングムスメは、一時期テック界隈でもてはやされたPLG(Product Led Growth)の典型例だ。一緒に歌う、誘って歌う、ことでユーザが増える。誰もが、訊いたことがある、自分も使えたほうがいい、と思うようになる。
しかし、友人とクローズドな場でモーニング娘の話をする人は多くないはずだ(ハロオタは別として)。
フィッシュマンズや、ゆらゆら帝国は、どのようにしてファンが増えたのだろうか?
僕の場合、いずれもいずれも近しい人に紹介をされたのがきっかけだ。フィッシュマンズは妻に、ゆら帝は高校時代のバンドメンバーに。
親しい友人には、自分の内面に繋がる、コアな音楽を(やや躊躇いながらも)薦める。薦められた方も、相手の人間性への敬意とともに、その推薦を受取る。そういったコンテンツこそが、自分の人生の深い部分に入り込む。
Podcastやブログも同じはずだ。
もしあなたが、このブログに自身の内面から共感できる何かを感じ、面白いと思ってくれているなら、近しい友人に薦めてみてくれると、少なくとも僕は嬉しい。
カラオケには久しく行っていない。
未だにああいった場での最善の選曲はわからないが、実は小沢健二あたりが良い落としどころなのかも知れないと、密かに思っている。


