Re:そうじゃないって気づいちゃったの
差異と、何者かになった瑠璃色
saayaがsubstackを始めた。
久しぶりに、DMでこのニュースレターなどについて少しやりとり次の日に、偶然にも街の路地裏で遭遇した。彼女にとって、何かを始めるのに、いい頃合いだったのかも知れない。
投稿では、僕について書いてくれている。本当に嬉しいことだ。
人が自分という存在をどう想っているか、真っ向から知れる機会は多くない。
私は樫田さんのことを「そうじゃないって気づいた」人なんじゃないかと、なんとなく、勝手に思っている。…(中略)…
世間の正解とか効率や合理性よりも、本当に光って見えるものから目を逸らさずに真っ直ぐ生きているような人のこと。でもその光はキラキラした成功とかではなく、誰かと向き合うこと、責任を負うこと、仕事を続けることだったりして地味だけど、本人にとって誤魔化せないこと。
――そうじゃないって気づいちゃったの(saaya)
どうなのだろう。僕は、何かに気づいちゃっているのだろうか。
引用元の漫画と文脈を知らないので、この言葉の正確な含意はわからない。見た感じ、漫画を読んだとしても、僕にはわからないかもしれない。それは2026年という時期のsaayaの中だけにあるニュアンスかも知れない。
元の文意はわからないが、「そうじゃないって気づいちゃったの」というのは、とても素敵なフレーズだと感じた。
言語学や現代思想では、「差異」という概念がよく出てくる。外国という概念は、日本という概念の存在と、日本ではないという差異性によってのみ説明できる。何かをはっきりとさせるには「そうじゃないもの」の存在が必要だ。
瑠璃色を考えてみよう。上記の色相図では、名前がついていなければ、全てを「濃紺」と呼んでも別に構わなそうだ。瑠璃色という存在は、瑠璃色単体では定義できず、青でも紺でも群青でも紺桔梗でも藍でも、もちろん緑でもない….という、他の色との差異によって、初めて成立している。
だから、瑠璃色と酒を飲みにいけば、一軒目の店では他愛もない話をしたあと、夜も深まってきた頃に、二軒目のカウンターの隣の席で、ポツンとこう言うだろう。
「ねぇ訊いて、私さ」
「青か藍か群青か紺桔梗、そのどれかなんだと思ってた。でもね、」
「――そうじゃないって気づいちゃったの。」
人は、みんな何者かになろうとする。しかし、何者かになるというのは、逆説的だが自分が「何者でないか」に気づき、認めていく行為ではないかと思う。
人気者になろうと思って、青色だと振る舞ってみる。椎名林檎が唄っているから、自分は群青だと言い張ってみる。何かが違う。もしかしたら緑なんじゃないか?ぜんぜん違った。そうやって、瑠璃色としてのアイデンティティを確かなものにしていく。
そこには、過程も重要なのだと思う。
最初から「君は瑠璃色だよ」と言われても、即座に受け入れるのは難しい。ずっと、自分は水色になるんだと思って生きてきた。でも、隣に並んでみて始めて、全然違う色であることに初めて気づく。あれ、自分は何色なんだろう?
僕も今の自分像を提示されても、20年前にそれが自分自身だと認めることは難しかったと思う。その認識は、結果でなく、過程の中に宿る。何かを経験して、「そうじゃないって気づいちゃったの」が起きる度に、自分のことをより良く理解できるようになる。自分はこうだ、よりも、自分はそうじゃない、の方が、強く確かで、自信を持てる情報だ。
それは、可能性を捨てていくということかも知れない。何かを得ること、何かを目指すことは簡単だ。それに比べて、捨てることは覚悟がいる。その決断の中にこそ、知らなかった自分自身がいる。
青山のタワーマンションに住んでみた。素敵だったが、それは自分自身ではなかった。もう瀟洒な家に住みたいと思うことはないだろう。女の子にモテたい。でも、ある程度以上は虚しいだけだ。黒い服以外は着ない時期があったが、今はもう違う。もっとゆるくても良い。CxOになってみた。肩書は嫌いだったが、なぜ重要なのかも少しわかった、でももういいかな。こどもは望まず、自由奔放に生きようと思っていた。いま3歳のムスメは誰よりも可愛い、家族しか勝たん。独立して、沢山稼いで暮らしたいな。でも、人生はそれだけじゃなかった。ビジネスシーンで積み上げてきた知名度をもっと活かしたほうが良いのかな?でも、そんなことより、国で働いてみたくなっちゃった。そこそこキャリアも子育ても、いい時期なのに、大学院なんかで時間を溶かしている場合なのかな。でも、 何かを犠牲にしても、きっとそこに何かがある気もする…。
自分はこういう人間だと思っていた、自分はこれが大事だと思っていた。
――でも、そうじゃないって気づいちゃったの。
その気づきを繰り返し、「何者でもなくなっていく」中で、それでも残っているものは何か。それがわかった時、逆説的に人は「何者か」になるんじゃないだろうか。

瑠璃色は、曖昧で、少しマニアックな色かもしれない。でも、自分で見つけた色なら、それが自分自身だと思ってみても良いのではないか。少なくとも、見知らぬ誰かがいつの間にか流行させ、知らぬ間に着せられた、有り触れたそれっぽい色よりは。
あなたには関係ないことよね。
家のクローゼットから、その冴えない「ブルー」のセーターを選んだ。でも、その色はブルーじゃない。ターコイズでもラピスでもない。
“セルリアン”よ。…(中略)…
セルリアンは8つのコレクションに登場、たちまちブームになり全米のデパートや安いカジュアル服の店でも販売され、そこであなたがセールで購入した。
とても皮肉ね。あなたがファッションと無関係と思ったそのブルーのセーターは、そもそもここにいる私たちが選んだものなのよ。
―― ミランダ・プリーストリー(プラダを着た悪魔)
まあ、このシーンの時では、アンドレアは色や流行に興味すら無かったけど。

