このブログ(或いはニュースレター)を始めて、もうすぐ2か月ちかく経つ。
パジャマで散歩に出かけたら、気分良く、ずいぶん遠くに来てしまった。
これがいまの感覚でもある。なんとなく書き始めて、なんとなく続けているうちに、気づけば時間も経ち、思いの外読んできてくれる人も増えてきた。気づけば、登録者も、そろそろ1000人に届きそうだ。いまだにブログの開始宣言の記事などと出せてないし、ブログの趣旨も固まってはいない。そんなことよりも、日々書きたいことが沢山ある。
パジャマの散歩も悪くない。ただ、計画性がないまま始めたことの延長だから、困ることも当然出てくる。
一番困っているのが、ブログの名称である。いま、一応、A Voundalyという名前があるが、これは仮に付けた適当なもので、まさにパジャマ着のようなものである。あとでちゃんと考えた名前に変えようと思って、結局ここまで変えていない。
この名称は、安易で適当な上に、ミスを含んでいる。
語源は、Boundary(境界・あいだ)という単語をもじったタイトルとして、B→Vの変換をしたものである。発想的には、アーティストのVoundyが、Boundy(跳ね返る)から由来しているという逸話を記憶していたから。なお、僕は別段Voundyのファンというわけではない。
しかし、B→Vを入れ替えるだけでなく、登録する時にryのスペルもlyと間違ってしまい、Voundalyというまるで存在しない語になってしまった。
不幸中の幸いか、おかげで、SEOはすこぶる強い。
しかし、よく練られていない名称の良さ、というのもあると思う。
Appleという社名は、ジョブズとウォズニアックが、初めての重要な商談に行く際に正式な会社の名前が無いとマズいということになり、行きの道中、車内でジョブズが適当に決めた名前と言われている(正確には当時は“Apple Computer”社)。
このシーンのあと、ジョブズはこう続ける。
あとで変えてもいいさ いまはAppleで行こう
このシーンの時代から50年が経つわけであるが、実際に「Apple」という社名が変更されたのかどうか、その結末は誰もが御存知の通りだ。
ジョブズの映画はいくつもあるが、この2013年版は結構面白かった記憶がある。一番好きなのは、昔から変わらずPirates of Silicon Valley(1999)だけども。
※ なお、これは映画などでよく描かれる脚色で、実際には法人登記の期限が迫っていた時に、ジョブズが「Apple」案を出し、結局登記当日まで、それよりいい案を誰も出せなかったため、なし崩し的にAppleになった、という。
Googleは、「Googol」という数学用語を会社名に据えようと考えていた数学好きな2人の研究者の意図に反して、ドメイン探しを頼んでいた友達が、スペルミスをして見つけたGoogleという文字列を逆に気に入り、それを会社名にしたという逸話がある。
そもそもが、Googolというのは「1の後に0が100個続く巨大な数」を表す言葉だが、これは、この概念を提唱しようとした数学者のエドワード・カズナーが、その場にいた甥(9歳!)にいい名前がないか尋ねて、甥が適当に答えた言葉だという。ゴーゴル!確かに小学生の男の子が好みそうな響きだ。
こういうところまで含めて、Googleという社名は偶然と適当さに満ちている。セルゲイとラリーは、パジャマを着たまま散歩を続け、世界の果てまで歩いてしまった。
Daft Punkは、自分たちの嘗てのバンドを音楽批評誌に「daft punky thrash(間抜けでパンクなクズ音楽)」と揶揄されたのを、そのままユニット名にしているし、宇宙物理学の「ビッグバン理論」も、実は反対派が「宇宙が、大きな爆発(ビッグバン)でもしたっていうのかい?」と皮肉を言ったのが、その響のキャッチーさが定着して、理論の正式名称となってしまった。
後世の人間が、ナラティブ化して盛っている部分は、多分にあると思う。とはいえ、こういった命名がそのまま残っていることに、ロマンを感じる。意味がなかったはずのものが、強い意味を帯びて、残り続けているのだから、以前taitoに教えてもらった、超芸術トマソンの対義存在とも言える。
その逆に、意味が練られた命名が好きな人も多い。「〇〇という意味を社名に込めて。◯◯社をスタートします」的な、命名の技法の妙を前面に押し出してくる会社は良く見かける。もちろん、形から入るのは、決して悪いことではないのだけれど。
ちなみに僕は、Voundaly、は嫌いではないが、気に入ってもいない。
でも「A Voundaly by Hikaru」の “by ~” の部分は、取りたいと思っている。Apple ComputerはAppleになったし、The FacebookはFacebookになった。ショーン・パーカーのような人が酒を奢ってくれて「It’s Cleaner」とか言ってくれれば、すぐにでもそうするんだけど。
(欄外)
自分の好悪よりも、他人が自然と使っているのを見聴きできるかどうか、の頻度の方が重要だろうとは思う。この前、narumiさんがPodcast上で発音してくれたのを聴いた時に、初めて「おおっ」と思った。
taitoにRe:Re:Re:Re:Re:Re:を書いたよーと送った時に、
A Voundalyデビュー嬉しい!!!
と返ってきた。
そういうのを繰り返すうちに、この、名称に愛着が芽生えるかもしれない。まあ、無理に愛着を持つ必要なんて、これっぽちもないんだけど。


