参考書よりも、漫画本よりもで書いた通り、友人の浅岡の会社のPodcastに出演してきました。正直、何のPodcastかよく分からないくらい、ただお互いが話したいことを話しただけだけど、楽しかったです。
僕が普段ニュースレターで書いているようなことについても、色々と話しました。特に何か具体的にやることとかを決めたわけじゃないんだけど、どことなく希望が持てる内容だったなと思っています。
Youtube / Spotifyで配信中です。タイトルは「楽と楽しいは、真逆である – 生産性の時代への、静かなレジスタンス」らしいです(僕にはタイトルも内容も一切の編集口出し権限がありません、気づけばいつの間にか公開されていた笑)。
時間がある方は、よければぜひ見てみて下さい。
とはいえ、何を話しているのかわからないと聴きづらいと思うので、いくつか面白かったトピックの箇所を取り上げておきます(リンクから当該箇所に飛べます)。
合理主義者だと思っていた(10:08〜)
浅岡はSubstackを読んで僕が大きく変わったと思ったらしい。もともと浅岡の中での僕は、効率・生産性の人。そんな僕が毎日文章を書いて、非合理や余白を語り出したことが意外、だからこその説得力に興味を持ったらしい。
(浅岡)..なんか昔から好きだったんですよ、光さんのことが。でもわかり合えないなって感じはあって。でも最近、わかり合えるかもっていう感じが
「楽」に振り切って世界は狂っている(17:49〜)
hikaruは合理主義が本来得意なタイプ。でも周りを見ると合理じゃない人たちまで「生産性・生産性」と言い出している。なにかがおかしいぞ、と。
(hikaru)..合理を突き詰めた結果、世の中はおかしくなってる。みんな合理的になって子供を持たなと、社会はどんどん子供に不寛容になっていく
楽しいとはハラスメント(43:05〜)
(hikaru)..「楽しい」のパワーと問題点は一緒だと思っていて、それは「ハラスメント」なんだよな。
→ これは僕の中でもなかなかのパンチラインだと思う。笑
楽しいにはやっぱりちょっと我慢が必要な時がある。今日楽か、明日楽しいか。それで「今日が良ければ良い」と選んでいる人が増えすぎている。
浅岡がランデブーのお客さんに余白を与えて感動してもらえた原体験。信号待ちで横を見たら、その人の目には涙が流れていた——。
全ての人とわかりあいたい(59:31〜)
浅岡はわかり合えない人が存在すること自体が嫌らしい。凄すぎる、意味わからん。でもそういうやつなんだよな。
(浅岡)わかり合えない人と会った時に、嫌だってならないんですよ。なんでわかり合えないんだろう、知りたいってなる。
(hikaru)それは至高のハラスメントだな、めっちゃ美しい。でも孤独系パーソンよりからすると、「わかり合えないことが嫌」だっていう発想自体がマジでハラスメント
書くこと:この世界へのレジスタンス(1:18:00〜)
僕はお役立ち系の記事でバズってPVを集めるゲームは圧倒的に得意な方だが、それを続けてもしょうがない。むしろ、そういう人間が「全く役に立たないものを書く」こと自体が、いまの世界へのレジスタンスだという感覚。
でも何のために力を持ちたいかは決まっている(1:26:00〜)
力と正しさの両方を持ち続けることの難しさ。どっちかに飲み込まれない中間に立ち続けることはカロリーが高い。ここは僕と浅岡の興味の合流地点でもあるのだなと思った。
(浅岡)「力なき正義は無力っていう言葉がある。でも何のために力を持ちたいかは、確固たる自信を持っている。だから俺らは強いと思ってます」
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良いオフィスでした、Thank you 浅岡!
Spotifyでも聴けます。動画付き。



