2009年からiPhoneを使っているから、この黒い箱との付き合いも17年になる。以前に書いた通り使い始めるのが早かっただけであまり使いこなせていないけど、まあすっかりコイツは生活の一部になった。
総務省の調査によると、2025年時点で日本のスマホ保有率は世帯で91.8%・個人で約80%になっている。スマートフォンは文字通り世界を覆い尽くした。
その端緒は、もちろん2008年のiPhoneの日本上陸だ。
ビジネス書や行政文書を読んでいると、iPhoneは「イノベーションの象徴」として語られることが多い。世界を変えた発明、とか、日本はなぜiPhoneを生み出せなかったのか、とかそういう記述は各所で擦られまくっている。
でも一歩立ち止まって考えると、iPhone=イノベーションと名指しされる時、その「iPhone」という単語が正確に指しているものは、何なんだろう?
タッチスクリーンの電話、ということだろうか。ジョブズは2007年のiPhoneのローンチのプレゼンテーションで「3つの革新的なプロダクトを発売する」と云った。それは電話・新しいiPod・インターネットデバイスの3つで、要はこれがひとつの製品=iPhoneに入っている、というネタバラシだったが、この3つが統合したことがイノベーションだったのだろうか。
タッチスクリーン、電話にインターネットの機能がついている。あるいはデバイスとしての美しさ。単に「iPhone」と云われると、それを想像する。でもそれがそんなに革命的だったのだろうか。
そんなことはない気がする。
今では最早覚えている人はいないかもしれないが、昔は日本ではiPhoneはSoftbankでしか使えなかった。若い読者の人は驚くかもしれない。僕も、わざわざキャリアをドコモからSoftbankに変えてiPhoneを入手した。これは相当なゲームチェンジで、当時は第一にまずキャリアを選び、次に「そのキャリアで使える端末」を選ぶという順番で考えるのが当たり前だった。
本場アメリカでは特に熾烈だったらしいが、AppleはiPhoneの販売に関して通信キャリアに端末仕様へ干渉しないこと、通信料の分け前、価格戦略、売上ノルマ、補助金等など、鬼のような条件を課しまくり、それを飲めたキャリアにしか卸さなかった。
日本では孫正義のSBはいち早く飲んだが、諸々の事情を抱えたKDDIやドコモはそうもいかなかった。SBでは2008年に発売、KDDIは2011年、ドコモは2013年だ。
通信キャリアが端末に対して支配力を持っていた時代に、Appleは自社のブランドと企業体力、iPhoneの端末としての魅力を背景に、端末製造者と通信キャリアとの力関係を逆転させた。また、Apple Storeという直営のチャネルも持っていた。 これによって、端末の仕様や小売戦略について、圧倒的なコントロール権を奪取した。
これはiPhoneの製品開発・販売に高い自由度をもたらす。この自由度と、iPhoneが革新性を保ち続けられたこととは、無関係ではないだろう
そしてApp Store。
これも意識したことが無い人の方がが多いだろうが、実は初代のiPhone発売時にはApp Storeがなかった。むしろ、ジョブズはApple以外によるアプリケーションをiPhoneに載せることには否定的だったという1。
だが、ジョブズの反対をよそに、社内外で自由なアプリのマーケットプレイスを望む声が強かったこと、そのままだと自由度が少なかったために、Jailbreak(非公式な端末ハック)で勝手に機能を付け加える手法が横行し、それらが公式のApp Storeが立ち上がる後押しになった。
それに、その環境下でApp Storeがスピーディに立ち上げられたのは、それまでにAppleがiTunes Storeで音楽について、マーケットプレイスと決済基盤のノウハウを持っていたからだ。
今ではアプリを自由に入れられないスマホなど考えられない。スマホによって生活の多くの部分が支えられるようになったが、その中で Apple公式のアプリが占める割合はそれほど多くはない。
iPhoneがここまで影響力を持った理由は 1.App Store、つまりサードパーティに開かれたアプリケーションの市場と、2.業界のパワーバランスのチェンジという構造改革の方にあったんじゃないだろうか。
誰もが当たり前のように吐く「iPhoneのようなイノベーション」という言葉は、いまではあまり深く考えられること無く水戸黄門の印籠のように使われている。
でも、それが「あの美しい端末を製造すること」を指しているとしたら、それはかなり見当違いではないだろうか。イノベーションが、デザインや技術といった「点」で起こるという単純なストーリーを多くの人は信じたがるが、それは誤謬で、それまで温存された企業体力や、背後にある複雑なエコシステムという「線」の方にも目を向ける必要がある。
ブラウザでWebアプリで提供してくれればいいだろうと思っていたという説がある。


