海面からの距離、を意識するようにしている。
スキューバ・ダイビングの話ではない。仕事についてである。
デジタル庁で働きはじめて、ここ数年はフロントに立つことが増えた。提案や説明、折衝、調整、表敬などである(謝罪なども、フロントマンの重要な仕事かも知れないが、有難いことにそういった業務は、ここのところ発生していない)。
本来は、自分はフロント向きの人間ではないと思っている。
データを触ったり、グラフや資料を作ったり、文章を書いたりするのが好きであるが、その内容を説明をしたり、前面に立つのは、必ずしも自分でなくても構わない。これは、ミドル〜バック寄りの資質だと思っている。
現職で担っているような、事業開発(プロジェクトの開拓や組成など)や、調整業務等は、これまで主業務としてはやってこなかった。必要に迫られて、やっている。——とはいえ、メルカリにいた頃も近いようなことはあったが。
しかし、身を置いてみるとフロントの面倒さと重要性がよくわかる。
これを、Photicの憂鬱、とでも呼んでみたい。
海は、海面から潜るに従って、太陽光が届かなくなる。その深度層を、海表から近い順に、
1. Photic(フォティック):陽光層 / 海面層
2. Dysphotic(ディスフォティック): 薄光層 / 中間層
3. Aphotic(アフォティック): 無光層 / 深海
のように分けて考えることが出来る。
各々の層に住む生き物は、その環境の違いから、生物としての特徴も生存戦略も大きく異なる。
これは、仕事における職種の違いに極めてよく似ている。
Photic(陽光層)に住む生き物は、フロントである。
この層の環境の特徴は、海面に近いため、太陽光が届くが、風や波、雨など気候の影響が大きく、変化に富んでいるということである。生物種も多様で、栄養素が多く、捕食を巡って競争が激しい。
ゆえに、Photicでの最適戦略は、変化/運動量/擬態である。
海面近くに住む生き物は、俊敏で動きが早い。そして、群で巨大魚に模したり、様々な擬態を体に施したりと、他者を欺き出し抜くことに長けている。
サバやマグロなどは、背面が黒く腹面が白い。太陽光の存在から、上部から見た時と、下部から見た時に、保護色になる色が異なるためだ。Photicでは、顧客(太陽)とチーム(深海部)、それぞれに異なる説明をする必要がある。
これらの特徴は、PM/BizDevのメタファーとして示唆に富んでいる。
対称的に、Aphotic(無光層)に住む生き物は深海魚、バックである。
無光層の名の通り、ここでは光が届かない。
Aphoticでの最適戦略は、過剰適応/堅牢性/省エネ である。
光の信号がなく、水圧が強いため、視覚を捨て他の感覚器官に全振りする、素早さを捨て水圧に耐えうる体内構造を築くなど、独自の取捨選択が行われる。
海面から距離があるため、外的な変化要因が少なく、変化に乏しい。故に、変化よりもより普遍的で堅牢な構造を取ることを優先することができる。
また、太陽光が届かないため、それに頼らず、地球内部からの熱水噴出孔の化学物質をエネルギーとすることも出来る。Aphoticの民は、太陽(顧客)ではなく、内発的な動力―論理的な美しさや数学的な正しさなど、によって自身を駆動することが出来るということだ(以前のポスト地熱発電とも近い発想だ)。
これらの姿は、Engineerと重なるところがある。
とはいえ、Aphoticに住む生物は、太陽とは無縁ではない。
太陽は、仕事で言えば、「顧客/市場」のメタファーとなる。
生きるための燃料は、外部からしかやってこない。
深海魚の主要な、そして直接的な栄養源は、マリンスノーである。マリンスノーはプランクトンの死骸や排泄物など、Photicの層から振ってくる栄養の塊であり、その存在の根本は太陽エネルギーによる光合成である。
全ての価値の源泉は顧客(つまり太陽)である。バック層の住民はそうとは知らないが、その恩恵は無言で降り注いでおり、無自覚にその禄を食んでいる。
このあたりも、大方のEngineer像と重ねられるだろう。太陽や風による、ややこしい刺激や変化を真に受けずに、しかしながら、間接的には顧客からの恩恵で生き、安定した環境で、淡々と堅牢なものを築く。
中間層には、Dysphotic(薄光層)がある。
Dysphoticでの最適戦略は、往復/変圧/検知 である。
この層の生き物は、Photic/Aphoticの2層を往復して暮らしている。
海面と深海では、水圧が大きく異なるため、Dysphoticに暮らす生物は、変圧のための特殊な体内構造を持っている。体積を調整するための浮袋、圧力によって変形しない、脂質の体内貯蓄など。異なる2層を行き来するというのは、体の構造自体を作り変える必要が伴うほど、過酷で特殊な振る舞いである(音楽を聴きながらコードを書いている時に、突如営業に話しかけられた時のコンテクストスイッチを想像してみてほしい)。
Dysphoticは、変化が激しい要件=Photicと、堅実な実装=Aphoticのふたつをつなぐ存在だ。海面では太陽光によって温度の変化が起きやすいが、Dysphoticは温度が安定し始める場所である。また、マリンスノーはこの層を落下する中で、バクテリアなどを付着させ、栄養素を増していく。
Dysphoticは、Aphoticを落ち着いた聖域に変えるための、バッファ―の役割を果たしている。さしずめEngineering ManagerやArchitectの役割と云ったところだろうか。広義にはData Analystもこの位置に属する。
深海魚のようにマリンスノーを食べて省エネで暮らすことも出来るが、獲物がいれば捕食もする。わずかながらの光を頼りするため、網膜を発達させ、捕食の機会を伺い、ここぞという時に俊敏に動く。
…
本来の僕の資質は、Dysphotic(中間層)〜Aphotic(深海)にあると思っている。
出来れば、変化の少ない静寂の中で仕事をしたい。翻訳や緩衝材は苦手ではないので、Dysphoticは望むところだが、海表に近づいて、太陽や波風に身を晒すようなことは、したくない。
しかし、海面に身を置くと、深海の聖域は、Photicの力によって守られていることを実感する。政府のような、太陽と波の力が苛烈で不確実である場所では、Photicの果たすべき役割は、特に大きい。
自分の中に、Photicな力が眠っていたことは、意外であり、救いであり、また呪いでもある。やらなくて良いのであれば、やりたくないのであるが….しかし、この役割を担う意義も、尊厳も、強く感じているのは事実だ。
Dysphoticの生物のように、変圧耐性が多少あるようだ。これは、Dysphoticの特殊な体内構造のように、特別な資質(或いは使命感)であると思う。
心地よかったAphotic/深海から、Photic/海面に憂鬱に浮上し、水圧の差に目を回し、波の激しさに悶えながら、僕は今日も太陽を浴び、マリンスノーを降らせ続ける。



深度別に「柔軟性と癖の強さ」が言語化できた気がします。面白かったです。
比喩が秀逸で、めちゃ面白かったです!