Re:モテたい(いや、美しくモテたい)
ワンナイト野郎に対抗するために
miyattiがsubstackで文章を書き始めた。彼は面倒なやつだが、考えることは面白い。今回はモテたいというシンプルな見出しで書いているが、良い文章だ。
僕も同じだ。モテたい。
モテたいという言葉については、彼の元記事を読む前の方からはあらぬ勘違いをされそうなので、僕と彼の名誉のために、急いで補足をする。要はモテたいとは「正統に他人から関心を持たれたい」という意味に近いと思う。
見られたい。選ばれたい。気にされたい。誰かの記憶に残りたい。自分の存在が、他者の中に何かを起こしてほしい。そういう欲望の総称として「モテたい」があるのではないかと思う。
つまり、モテたいとは、他者の中に自分の居場所を作りたいという欲望なのかもしれない、と思う。…
―― モテたい(miyatti)
いいねぇ。そうだよな、モテたいよな。
どうせなら、他者に自分の意見を訊いてもらいたい。それは僕も同じ。このニュースレターだって、多くの人に読まれたいと思っているし、読んで面白いと思ってもらいたい。その人の人生に、願わくば何かを与えたい。そして周囲の人に薦めてほしい。
それは当然のことのようにも思える。でも冷静に立ち止まると、それは果たしてどういった欲望のベクトルなのだろうか?
映画「リメンバー・ミー」は好きな映画だ。主題は、人は死んでも「死者の国」で生き続ける事ができるが、人間界で自分を覚えている人がいなくなった時、死者の国からも消えてしまうというもの1。人間である以上、誰かの心の中に住み続けたいと思うのはごく自然なこと。そういう平凡で普遍的な整理もできる。

しかし、僕の「モテたい」の動機は、それとは少し違う気がする。恐らくそれは、もっと個人的な、世界に対する憤りや対抗心から来ている。
世の中で、モテようと頑張っている人たちは多い。この際はっきり云うが、僕は、そういった人種の殆どが大嫌いである2。なぜなら、美しくないから。
SNSでモテようと思ったら、クリックベイトをすれば良い。「これ知らないとヤバいです」「知らない人は損してます」そう書けば、多くの人が読んでくれる。その実、書いてあることは、さして本質的でもない。役に立つかも知れないが、近眼的な視点のものが多い。こういうのは、薄暗いバーを使い、ワンナイト・ラブに持ち込むようなモテ方だ。そう、美しくない。
その薄暗いバーも、大した酒も出していないのに、薄暗い雰囲気で異性を口説きやすいという理由だけで、人気を博していたりする。つまりモテている。これもまた美しくない。
世の中にはそういう輩が多い。そして、ワンナイト・ラブのハウツーを喧伝し、注目を集め、またモテるという地獄のラットレースを始める。そうして、世界はまたひとつ、くだらない場所になる。そんなワンナイト野郎に、僕は憤っている。
とはいえ、その対極だけでは厳しいことも事実だ。
ワンナイト・ラブに嫌悪を持つとしても、「結婚するまで絶対貞操!」という信念を固く持っている人を、迂闊には擁護しがたい。その価値観は美しいが、現代の多くの人とは話が合わないし、ワンナイト野郎からは、負け惜しみとして憐れまれる。結果、世の多くから黙殺される存在になってしまう3。ただ正しいだけじゃ、ただ美しいだけじゃ足りないのだ。
… 問題は、モテたいと思うことではない。美しくモテたい。どうモテたいのか。何によってモテたいのか。モテることで、他者の欲望をどこへ向けたいのか。
人も、プロダクトも、ブランドも、思想も、たぶんモテたほうがいい。よいプロダクトも、よいブランドも、よい人も、よい思想も、単に正しいだけでは足りない。単に便利なだけでも足りない。単に善良なだけでも足りない。
―― モテたい(miyatti)
だから、「それなりにちゃんとモテる」ことは、世界と対峙する上では必要だ。
本質を崩さず、自分を貫き、その上でモテたい。モテた上で、堂々とワンナイトラブ野郎の下らなさを暴きたい。もっと正しいやり方があることを証明したい。
いつか、soramiに「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」という二宮尊徳の言葉を贈られたことがある。犯罪は良くない。でも、寝言で留まるのは嫌だ。経済的かつ道徳的であることを目指す必要がある。これは、miyattiが書くところの「美しくモテたい」とほぼ同義と思っていいだろう。
美しくモテたい、これは、かなり難しい願望だと思う4。
ワンナイト野郎ほど、わかりやすく注目を集めるのが難しい。しかし、貞操原理主義者からは、賛同も協力も得られない。正しいことをしようと頑張っているのに対して、意外に賛同者が多くない。力も美しさも、中途半端になる。どちらかに振り切ってしまう方が遥かに簡単だ。
しかし、僕が、この人はいいなあと思う人、このブログで名前が出てくる友人や、今回のmiyattiも、この美学や価値観や葛藤を、共有していると思う。そして、そういった人は、概してこの両立の難しさに真摯に向き合い、悩んでいる。
難しことをわかりつつ、しかし僕は「美しくモテる」という理想を諦めていない。邪悪にならず、美しくも、ちゃんとモテる。その尖った隘路に立てる人間だけが、世界を良くすると信じている。自分はその場所に立てる人間だと自惚れて、その使命感を、勝手に負っているのだ。
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新卒の時の社長が、あれはシェイクスピアのオマージュだと教えてくれた。
まあ、僕は最終的には個人を嫌いにはならない。問題は構造の方にあるから。疎ましい行動を取る人も、彼らなりに構造の上で頑張って踊っているだけである。
結婚するまで貞操という価値観自体を否定する気はない。あくまで、現代の社会においての、プラグマティックな考え方として。


「モテたい」は、「多くの人に、自分も認知しない範囲の人からもモテたい」と「たった一人の、特定のこの人からモテたい」がありますね。
このニュースレターは、多くの人にモテてほしいと思います。