木村君とランチを食べながらSNSについて議論をした。
日本でもいい加減、若年層のSNSの利用の禁止を本気で検討せんのかなーという話。日本はどちらかといえば未成年に対して強めの統制を敷いてきたタイプの国だと思っているが、いまの日本は既存のレガシーな規範を守るのは十八番でも、新しく規制を創るのは得意ではないのかもしれない。
総務省は最近(2026.6)SNSの利用についての報告書を上げているが、プラットフォーマーの年齢確認の厳格化には触れているが「一律の使用年齢の制限は望ましくない」との見解を明確にしている。(報告書はこちら, 当該の記載は44p)
特に目をひくのは“PFサービスごとに設計・特性が異なることや、こどもたちの知る権利等を確保する必要性から、利用に対する一律の「年齢制限」(一定年齢以下の使用禁止)をかけることは望ましくないのではないか”との一文だ。豪州・英国など、世界で一定年齢未満の青少年のSNS利用を禁止・規制する動きがある中、はっきりとした表現で、一律の年齢制限は望ましくない、との見解を示している。
政府としては、なかなか明快なスタンスを取った表現だ。
こども家庭庁も6月に未成年のネット利用環境の有識者会議の議論をまとめているが、年齢制限を求める提言は入れなかった。
14歳未満のSNS利用禁止について、日本人は他国よりも慎重だというデータもある。禁止に同意する割合が、各国平均71%に対して日本は63%。いや、それでも十分多いな。僕は、未成年のSNSは禁止してもよいのではないかと思う派だが、日本はとりあえずは海外の様子を伺いつつ結論を出していこうというスタンスのようだ。
こちらの記事では、当局の課長補佐がわざわざ、一律の年齢制限について、再検討の余地はあることを表明している。
諸外国でのSNSの規制状況や、米国でのSNS依存・性被害訴訟における裁判の行方なども注視し、総合的に判断する必要がある。
例えばオーストラリアでは2027年までに、16歳未満のSNSアカウント作成を制限した効果を調査・発表するとしている。「もし、年齢での一律制限に効果があれば、日本でも再検討の余地はあるだろう」
―― 情報流通行政局 情報流通振興課 課長補佐(記事)
(補足:2027年までではなく、オーストラリアは「2027年以降、順次公表」としているため、総務省の発言は間違い。海外事例を待つべき時間は結構長い)
海外だと、オーストラリアが16歳未満のSNS利用を制限・禁止している。フランスでも先日同様の15歳未満での利用禁止の法案が可決した(票採決は可決の圧勝)。
オーストラリアでは禁止したものの、すり抜けて使っているこどもも多いとか、事業者側がちゃんと規制してないのではないかとか、そういった話もあるようで。
Over 85% of adolescents under 16 years, so those directly impacted by the age restrictions, were actually still accessing at least one of those restricted platforms each week.
確かに今まで使っていたり、ちょっと上の世代が使っていれば、禁止されたとしても使い続けたいと思うだろう。それなりの年代を経て、最初からSNSと距離が遠い世代が育ってきてからでないと、制限の効果はハッキリとはわからないのだろう。
だから、海外の結果を見ながら、っていうのは果たして有効な戦略なのかな?というのは気になる。ある程度はスタンスを切って決断していかないといけないタイプの議論じゃないだろうかと思う。とはいえ、国が先導できる領域かと云うと難しい側面もあるのだろう。報告書には、SNS利用によって発生する未成年の犯罪関与は統計として出てくるが、SNSのより広範で致命的な影響は、アテンション・エコノミーや承認の加速、興味の均質化、繋がり過ぎ、などなどにあると思う(犯罪関与が致命的でないとは云わないけど)。しかし、それらは数値化しづらいし、表現や価値観の自由への介入にもあたるので、国としては表立って取り組みづらい。このあたりは、有識者の発言としては言及はされるが、政府としての論点としては大きく扱われていない。
あと、総務省が「情報」の観点から、こども家庭庁が「発育・教育」の観点から、っていう形で同じ論点についても所管省庁が分離していて、そのあたりも難しそう。
こども家庭庁の有識者会議については、
こどもや若者のSNS利用の規制のあり方などについて、こども家庭庁が専門家らの会議に中間報告の骨子案を示しました。….
SNS空間が居場所になっている子どももいるとして、委員から規制に慎重な意見も出され、引き続き、検討していくということです。
こういう意見は、うーんまあねえ。という感じ。「SNS空間が居場所になっている子どももいる」これは事実だと思うけど、これを言っちゃうと世の中に選択肢と可能性は多ければ多いほど良い、っていう話に閉じてしまう気がして。
こちらの統計では、SNSについて制限・禁止があった方が良いと思う親が8割、それに対して全く必要ないと思っている親は17%に留まる。僕もまだ小さいムスメがいるが、子供に対して、Youtubeなどの動画コンテンツの依存度は極めて強いのを間近で見ている。そもそも、自分も含めて大人の大半がスマホやSNSに中毒になっているわけで、その中毒性に未成年が抗えると考える理由はない。ツールの禁止ではなく「情報リテラシーを育てる教育を」という意見は美しいが、そんな美辞麗句でSNSの依存性と本当に対抗できるのだろうか。
正直、僕はそう思わない。いまやSNSは人間の回路をハックすることに特化して進化しているので、個々の理性やリテラシーといった脆弱なもので対抗するフェーズはとうに越えていると思う。自分の身近な人がSNSにハマっていても、説得やちょっとした仕組みでやめさせられるイメージはあまり沸かないな。より構造的で、社会全体的なアプローチが必要ではないかと考えることのほうが多い。
僕は同世代のIT系人材の例に漏れず、映画ソーシャル・ネットワークを見てIT業界に憧れたクチだ。人との繋がりを増やすSNSが世界を良くすると信じ、アラブの春を見てインターネットは本当に世界を変えるのだと、そう思っていた。あの映画も2010年、もう15年以上前か。いつからこんなことになってしまったのだろう。
でも誰かが悪いわけではない。プラットフォーマーたちは資本主義の流儀に忠実に則って自己利益を追求しているだけだし、消費者も自身の脳の報酬系に素直に従って、スクロールをしているだけだ。でも、それでは善くないこともある。そんな時に、いらぬおせっかいをすることこそ、国家と公共の役割だと思うのだが。親としてやれることはしたいが、自分の家庭だけで閉じて終わる話でもないし、自分のムスメだけで済ます話でもないような気がしている。書くことの経済学でも多少触れていることと関連するが、僕は現在のSNSのあり方について結構な危機意識を持ちはじめた。
みなさんは、若年層のSNS利用についてどう思いますか?



大人でさえ、SNSなどの通知中毒となって集中力が持続しないという問題に向き合ってる時代ですものね。脳の発達とかを考えると一定年齢までの制限は必要かと思う最近です(奪われた集中力読みました。おすすめです
話がずれてしまうかもしれませんが、子供に、いつ、何を教えるか、何を見せるかは、とても難しいですね。
小学1年で読んだ漫画デビルマンの衝撃(アニメと全然違った)。
母が話してくれた「子どものころに実家で飼っていた鶏をしめたときの恐れ」の話。
祖母が話してくれた「焼夷弾で焼かれた死体が畑の作物のように転がっていた」話。
そんな小学生時分の衝撃の記憶が、今の自分を形づくったりしてますし。