
友人でラッパーのyamotty1がAIの執筆能力について書いていた。
ricchaが「生成AIの文章にいりがちな「―――」と「正直」が、嫌いすぎる」と話していました。…(中略)
…ガードレールもない状態で、ぽんと「この件について書いておいて」と投げると、ゴミのような文章が出てくるという。LLMの本来の目的に対する能力の低さにはめちゃくちゃガッカリしています。
わかる。AIの書く文章はつまらない2。
このニュースレターも記事がだいぶ溜まって来ているので、それらを読ませてClaudeに文章を書かせたことがある。「十分な文章量があり、hikaruさんにかなり近い文体で書くことが出来ると思います」と前置きした上で、クソみたいな文章を出してきたので、グーで殴ってやろうかと思った。
しかし、考えてみればLLMの本業とは、単語に対して「確率的に平均的な予想」を延々と連ねていくことである。だから、特徴のない面白みのない文章を出力することこそがLLMの本懐といえる。その原理的に、面白いわけがないのだ。
モールおじさんのパラドックス
服のコーディネートを考えてみる。
日本人男性全員によく着るトップスが何かを訊き、回答の最頻値を取る。
――白いTシャツ。
次にそれに何のボトムスが合うかを訊いて、最頻値を選ぶ。
――ベージュのチノパン。
それに合う靴を...Vansのスニーカー。平均的に多くの人が付ける小物…黒のメガネ。こうしてコーディネートをつくれば、無個性で最高に退屈なスナップの出来上がり!
先日、「イオンモールによくいる男性の服装」の話題がSNSを賑わせていたが、つまりこれはLLM的な「平均チョイス」の果てと理解すると面白いかもしれない。
あれは、最高に「LLM的なファッション」なのだ。
—
LLM的平均チョイスはつまらない。最頻や平均とは「安全・無難」だから。ニトリの家具だけで部屋を作っても退屈だし、話題の本だけで構成された本棚は知性も個性も醸さない。
しかし、「安全・無難」がウリなはずが、yamottyはLLMの文章には嫌悪感を覚え、女性はイオンモールの男性を嫌いだという。これは強い皮肉だ。無難に平均を取ったはずなのに嫌われる矛盾に満ちた現象、モールおじさんのパラドックス。
人間は、程良い飛躍や外しに快感を覚える。安心と飛躍の併存を心地よいと思う感性がDNAレベルであるのだろう。その方が生存に有利だから。着実に木の実を拾い、たまに知らない魚を食べてみる。安定収益の既存事業を回しつつ、ハイリスクな新規事業に投資する。
でも、外しばかりでもしんどくなる。無難と飛躍にはバランスが命だ。緩和と緊張。ベーシックと差し色。
どのくらい安全を取り、どの程度外すのが良いと思うのか。これについてはyamottyも書いた通り個々の「審美の問題」だろう。では、我々の個々人の審美性は何処からやってくるのだろう?
僕には見える 美しいことが
どんなに弱くても 美しくなれる――美しいこと(AJICO)3
…
飛躍と審美
僕は飛躍の塩梅がそれなりに上手い方だと思う。記事を書いていても、展開や喩えの飛躍具合を褒められることが多い。てへ。
そういう感覚をどう磨いているか、と訊かれることもあるが、それは「お笑い」の影響が大きい。お笑いは「普通と異常の飛距離ゲーム」みたいなところがあって、それは日常の異物、異世界の日常でも書いたとおりだ。前にsaayaにこの話をしたら、「樫田さんお笑いとか見るんですね」と言われた。
見る、昔からめっちゃ見る。
大学生の頃、ニコ動でダウンタウンとラーメンズばかり見ていた。
最近のおすすめもたくさんある。ざっくりYoutubeとかあれみたのような、複数の芸人が技を繰り出し合う番組は、飛距離の勉強になる。めっちゃ面白い。ベタだけどかまいたちは二人とも緊張・緩和の使い方が抜群。「すべらない話」よりも「許せない話」の方が面白い。話術よりも、着眼点やワードセンスの占める割合が大きいから、観点として学ぶことが多い。言うまでもなく、IPPONグランプリなんかも。
…
どのような審美性を獲得するか―お笑いや音楽、文学等々、方々からの影響がある。でも、その根源を突き詰めると、性格の要素が大きいと思う。目立ちたがりであれば無難より飛躍を取りたいだろうし、平穏が一番という人もいる。僕は人を驚かすのが好き、捻くれ者、というのが根底にある。普通よりもちょっと外しと飛躍を入れたくなるし、その方がカッコいいと思う。でもこれは本当に趣味の問題だ。
そこにプラスして、僕は臆病な日本人なので、ズレまくってる・外しまくってるという奇抜一辺倒路線にも抵抗がある。無難なベースはしっかり抑えるチカラがありつつ、その上で敢えて適度に飛躍しているのが良い。この願望を突き詰めると、モテたい(いや、美しくモテたい)になる。
どの程度、地力を淡々と磨き、その地力を見せつけた上でどこまで「飛躍」するか。そこまで含めての審美性だと思っている。
AIの文章は本当に好まれないのか?
でも、ここにひとつの仮説がある。
モールおじさんは平均的で平凡な服装をしてもいても、特にそれを気にしていない(いや本当のところは知らんけど)。それが日本のマスの感覚とも思える。同じように、実は大半の人はLLMが書いた文章を特に「つまらない」とは思っていないんじゃないだろうか?
調べてみると面白い研究がある4。
有名な作家と、それをLLMが模倣して書いた450文字程度の文章を、専門家(MFA:創作修士)と一般の人に見せる。LLMの文体は作家の全文を読ませるなどのファインチューニングはしていない。その結果はかなり明確な示唆を出している。専門家は高い比率で人間の著作を好んだが、一般の人はやや微差程度でLLMの文章の方を好んだ。
脚注:論文中の下記図表でMFA-trained / College educated(一般)を見れば、一般の人は人間とAIに対して中立〜ややAIの文章に好意的であることが分かる。なお、Fine-tuned下では、AIの文章に対してより好意的になる。
また、研究よりは粗い調査だが、New York Timesが「Who’s a Better Writer: A.I. or Humans?」というクイズを行い、人間とAIが書いた短文のどちらが好きかをNYTの読者(それなりに文を読めそうな層だ)に訪ねたところ、86,000人の回答を得て、54%vs.46%でAIの文章を選ぶ人の方がやや多かったという。
ニュース要約、説得文などの実用的な文章ではAI/人間の区別がつかない5という報告もあるが、それは予想通りだ。しかし、作家が書くようなタイプの文章でも、一般の人には区別がつかない(そして創作分野の専門家には区別がつく)というのは意外に思える。
yamottyや僕はAIのライティング能力に対して不満があるが、実はそれはマスの感覚ではないのかもしれない。多くの人は文章に対してそれほどこだわらない。飛躍も平均も区別をしない。イオンモールでUniqloとJil Sanderの服、どちらが良いかを選ばせても、どちらでもいいのかもしれない。
モールおじさんのパラドックスは、大多数の人には“起きていない”。
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だとしても、別に僕もyamottyも何も変わらない。自分がいいと思うものを書くし、誰がなんと言おうとAIの文章は退屈だ。
退屈は嫌だ。
マスがどう思おうが、正直――ファックなものはファックだ6。
Lily Allenでも聴きながら、散歩に行こう。
F*** You(Lilly Allen@Glustonbury 2014)
…
この話題は興味深いので、もう少し引いた目線で考察を深めて続編を書く予定です。それではまた。
よく調べたら、ラッパーではなく本業は起業家らしい。メルカリを経て10Xというなかなか良いスタートアップをやっている。友人 兼 少数株主として応援している。 https://yamotty.me/about
Chakrabarty, T., Ginsburg, J. C., & Dhillon, P. (2025). Readers Prefer Outputs of AI Trained on Copyrighted Books over Expert Human Writers. arXiv:2510.13939. Licensed under CC BY 4.0. https://arxiv.org/abs/2510.13939
Zhu, T., Weissburg, I., Zhang, K., & Wang, W. Y. (2024). Human Bias in the Face of AI: Examining Human Judgment Against Text Labeled as AI Generated. arXiv:2410.03723. https://arxiv.org/abs/2410.03723
この話題は興味深いので、もう少し引いた目線で考察を深めて続編を書きます。「グランメゾン・ライティング」という記事になる予定です。それではまた。







おいおい、これワシやんけ。めちゃくちゃカッコいい組み合わせジャン。
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日本人男性全員によく着るトップスが何かを訊き、回答の最頻値を取る。
――白いTシャツ。
次にそれに何のボトムスが合うかを訊いて、最頻値を選ぶ。
――ベージュのチノパン。
それに合う靴を...Vansのスニーカー。
ポッドキャスト聴いててもいつも飛躍がうまいなーと思ってます。
そのうまさはアナロジー力っていう単純なものというより、圏論的な理解力(私は圏論全然知らないけど )とか人文知的な知識とかありそう。